カトリックの前進

2005年4月、ローマ法王、ヨハネ・パウロ2世が亡くなったという衝撃的なニュースが世界中を駆け巡りました。
後任者が決まったのは、それから約2週間後のことでした。
コンクラーベと呼ばれる、枢機卿による法王選出の会議は2日間続き、新しいローマ法王としてベネディクト16世が誕生しました。
ヨハネ・パウロ2世は「空飛ぶ法王」と呼ばれるほど外交に尽力し、自らの足で世界各国を訪問し、平和と宗教の歩み寄りを訴えた人格者でした。
彼は在位中に、日本を含め世界129カ国を精力的に訪問しました。
カトリックと長年対立状態にあった、正教会の総本山的存在であるギリシャや、独自の国教会を立ててカトリックと対立してきたイギリスへの訪問は、世界中の人々を感嘆させました。
また、ローマ法王としては初めて、イスラム圏へも訪問しています。
2001年のシリア訪問の際には、モスクに足を踏み入れ、シリアの権威者と合同で礼拝を行いました。
さらに、宗教否定を行っていた社会主義国であるロシア、ヒンズー教国家であるインドを訪れ、宗教和解と平和を訴え続けたのです。
また、自身がポーランド出身者であることから、ポーランドの政治にも発言権を持ち、東欧の民主化に大きな影響を与えました。
このように世界を飛び回る姿は、世界中の人々に新しい法王の姿ととらえられましたが、教義の解釈については保守的な姿勢を貫いた人でもありました。
中絶や安楽死に「死の文化だ」と断固反対の立場を明確にし、世界中のカトリックの信者に大きな影響を与えました。
この発言があまりにも保守的であると非難を浴びた時期もあります。
現在のローマ法王であるベネディクト16世もヨハネ・パウロ2世の流れを汲み、世界平和をバチカンから発信し続けています。
1951年に国交が断絶した中国とも、和解に向けて政治的な交渉を続けており、ローマ教会の世界における平和的地位と立場を強調し続けているのです。
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